阿蘇ひぐらし通信

庭園鉄道「阿蘇ひぐらし鉄道」のこと、また懐かしい駅の写真も紹介します

ロンドンから南へ、チャリングクロス駅か、1977年

 古い写真である。これはロンドンから南へ、「ロムニー鉄道」に乗るために行った時だ。

 客車のドアが、1つの車両に多数ついているのが見える。これは客車の中に通路がなく、1つ1つ区切られた部屋があってそれぞれにドアがついているからだ。この頃(1977年)はこのような形式の客車もたくさんあった。ドアも外開きである。きちんと締まっていなかったら、列車が走り出したときにホーム上のお客に当たる危険もある。また、外からしか開けられないので、降りる乗客はドアの窓を開けて、外に手を出して外のドアノブを回してドアを開けなければいけない客車も珍しくなかった。

 さすがイギリスというか、なぜこんな不都合なことが続いてきたかと不思議にも思う。まあ、日本の客車の扉もこの頃は、客車の両端にあり内側開きではあるが、開いたままで走っていることもあったのだから、そう不思議でもないのかもしれない。

 近郊の電車や地下鉄などを除くと、車掌が遠隔で開閉するのではなく、その場で手動で開閉するものが多かった。

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 3枚目の写真に、ホームの駅名板があって「Charing Cross」とある。チャリング・クロスは、ロンドンの南行きの列車の出るターミナル駅である。この一連の写真はチャリングクロス駅のものだろう。この時はケントにある「ロムニー鉄道」に乗りに行ったのだから話も合う。

 最後の「Sevenoaks」の駅名は車窓から撮った途中の駅のものだろう。

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チャリング・クロス駅 英国 ロンドン、 セブンオークス 英国 ケント州 1977年8月

初めて雪が積もった、阿蘇ひぐらし鉄道 まほろば線

 今日(1/12)、朝7時頃から雪が降り始めて、庭が真っ白になりました。真っ白になりましたが、まだ線路は見えています。すぐ止むと思っていましたが、その後も降り続きました。

 車両は水にぬれるとよくないのですが、珍しい機会なので写真を撮ることにしました。だんだん雪が積もってきて脱線するかもしれません。屋根のある留置場所から、ゆっくりとバックで走らせました。

 機関車や客車にほとんど雪が積もっていないのが少し気になりますが、雪の中の列車はなかなかいい感じです。赤とクリーム色の塗り分けも雪景色の中で引き立ちます。

 玄関のところもほぼ線路が埋まるくらいです。もう少し防水を考えて車両を作れば、雪の中を自由に走らせられて面白いかもしれません。でも寒いです。

 家の中に居て操作できればいいのですが、今のラジコンの送受信機は、壁の向こうにいると電波が届きにくいのではないかと思います。どうなのでしょう。今まで波長などは意識していませんでしたが、使っているのは27MHzのようです(もう1つのプロポは2.4GHzだった)。家にいて操作するなら、カメラを機関車にのせてモニターできることも必要です。

 将来の課題です。雪の日でなくても楽しめるかもしれません。でも電波が切れた時、暴走しないような安全な仕組みが必要です。

 今、10時ですがまだ降っています。

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阿蘇ひぐらし鉄道 まほろば線 2021年1月12日

ロンドンの地下鉄、1977年

 車内の写真を見ると、日本の地下鉄との違いがいくつか目につく。ロングシートでなくクロスシートの部分がある。つり革の持ち手が輪っかではなくこぶし型である。床に木が使われているようだ(?)。

 でもこの何年か後、ロンドンの地下鉄のエスカレーターが木製でそのために火災が発生した、と聞いたような記憶がある。次のエスカレーターの写真からは木製かどうかわからないが。

 列車の写真を撮ったのはどこの駅だろう。天井に途切れたところがあって、地下ではなく地上に出た駅のようだ。

 私は知らなかったが、ロンドンの地下鉄は第4軌条方式。走行用のレールの外側に一本、内側に一本設置されているとのことだ。確かに写真を見ると、中央と外側との2本が見える。中央のレールは露出しているように見えるが、感電の危険はないのだろうか。アガサ・クリスティーの小説に、転落して感電死した人がいたような記憶がある。茶色の服の男の冒頭だったような。

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ロンドン地下鉄 英国 1977年8月

飛鳥駅から甘樫丘展望台へ

 先月、近鉄の飛鳥駅に行った。冬としては少し暖かく天気の良い日だった。駅前は広場になっていて、緩やかな階段を登って改札口に続いている。

 駅名は「飛鳥」と書くが、村の名前は「明日香村」と書く。村の名前は当て字かと思ったが、古くから両方の表記があったようだ。

 駅前で昼ごはんを食べようと思ったが、冬の平日でコロナ下だったからだろうか、空いている店がない。特急も止まる駅なのに(橿原神宮前を過ぎると特急もよく止まるが)。

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 なんとか食べるところを探して食事をすませた後、飛鳥歴史公園 甘樫丘(あまかしのおか)地区に行った。川原展望台と甘樫丘展望台の2つがある。どちらからも大和三山が見える。北を向いて左手から畝傍山(うねびやま)、耳成山(みみなしやま)、香具山(かぐやま)である。

 その三角形の真ん中に、藤原京が造られた。展望台から見ると、耳成山の手前に赤い柱が立っているのがかろうじて見える。その辺りが藤原宮跡である。

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   ↑ 畝傍山耳成山

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   ↑ 耳成山と香具山

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   ↑ 耳成山と藤原宮跡

飛鳥(あすか)駅 近鉄吉野線飛鳥歴史公園甘樫丘、奈良県明日香(あすか)村
2020年12月22日

太平洋炭鉱専用線 再び

 お正月が終わって、最近どこにも行っていないことに気づいた。また工作の方も進んでいない。何を書こうかなと思って、過去の写真をパラパラ見ていたら、太平洋炭鉱専用線の写真が見つかった。

 このブログに過去に何度か書いたことがある。でも、その時は自分でスキャンした写真を載せたのだった。1973年のものなので勿論デジタルではなくフィルムである。

 今までブログに載せていない写真を選んだ。その後、過去のフィルム全てのデジタル化を業者に頼んだで、以前のものより質がいいだろうと思う。

 今となっては、なぜここを訪ねたのかも覚えていない。雑誌などで見た記憶がないので、偶然ここに行ったのかもしれない。この頃は鉄道の趣味からは少し離れていた時期だ。今となっては、私にとって貴重な写真である。

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 軌間は2フィート(610mm)。前から見ると幅が狭い機関車で、架線に届くようにパンタグラフが背の高い台に乗っている。後ろから2枚目の写真は、ナローではない別の線路のようである。

太平洋炭鉱専用線 北海道釧路市 1973年4月2日

阿蘇ひぐらし鉄道、2021年の目標

 今年の目標を考えてみた。昨年(2020年)は阿蘇ひぐらし鉄道が移転し、6月9日にまほろば線が開通した。しかし、その車両は2011年・12年頃に製作されたものがほとんどで、傷みも目立つようになってきている。

庭園鉄道(まほろば線)

(1)車両の修理と改修

(2)線路の改修

(3)新しい車両の製作

(4)機関庫の改修(または製作)

室内の鉄道模型(HO)

(5)建物の組み立て

(6)自動運転

(7)レイアウトセクションを製作

 

(1)

凸電は前照灯の取り替えと、電池交換を簡単にできるような配線に変更する。

有線で制御するための機関車からのコードの固定方法を検討する。今のままでは、カーブでコードが邪魔をして脱線することがあった。特に客車の部分で。

どの車両も、下回りは錆びが目立つので、全てひっくり返して点検する。

(2)線路は左右に傾きのあるところを修正。また西側の小砂利(金華砂利)を撒いてあるところの修正。

(5)(7)このところ作業が進まないので、はずみをつけるため、プラや紙のキットを組み立てる。それを利用して小さなセクションを作る。

(6)昨年購入したFujigayaのディテクターを使って、DCCの自動運転を試す。「谷人たちの美術館」で展示する時の役立つように。

といったところです。

 

昨年はコロナウイルスのため来客が少なく、阿蘇ひぐらし鉄道 まほろば線の乗客も2人だけでした。今年も同じような状況が続くかもしれませんが、上の目標を少しでも達成していきたいと思っています。

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阿蘇ひぐらし鉄道 2021年1月2日

ブログのアスセス数、10,000を越える

 はてなブログに移ってきたのが2019年1月3日なので、ほぼ2年になる。今日(12/28)までのアクセス数は11,027である。

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 2019年はあまり記事を書かなかったが、これではいけないと思って2020年の4月4日から、3日毎に書くように決めた。今日まで欠かさずにそのペースを守ってきた。自分でもそれが実行できるとは思っていなかった。

 1日に100を超える日もあって、鉄道ブログのランキング(鉄道com)に載ることもあった。そうなると嬉しい。1位から200位までが表示され、1日半(36時間)経つと消えるようである。

 1度1日3,000アクセス近い日もあったが、そのときは驚いた。誰かがTwitterに書いたからそうなったようだ。その頃はまだ鉄道comのことを知らなかったので、何位まで行ったか分からない。

 実物の鉄道の記事がアクセス数が多いようだ。庭園鉄道の記事は人気がない。鉄道以外の記事はもっとアクセス数が少ない。

 

読んでくださる方には感謝しています。もう少し役に立つ記事、面白い記事を目指してやっていきたいと思っています。

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太平洋炭鉱専用線 北海道釧路市 1973年4月